調査レポート
アンダーライティング再構築 ─ AIが導く保険業務の未来
生成AIを活用したデータドリブン型リスク管理
5分(読了目安時間)
2025/08/25
調査レポート
生成AIを活用したデータドリブン型リスク管理
5分(読了目安時間)
2025/08/25
「アンダーライター」(引受)という用語は、17世紀のロンドンで海上保険が誕生した時代に生まれました。当時、補償対象となる船や貨物のリスク情報の下部に保険会社の引受者が署名していたことに由来します。保険業界は進化を続け、デジタル化も進んでいるにもかかわらず、アンダーライティングの基本的な仕組みは300年以上ほとんど変わっていません。しかし、アクセンチュアの調査結果は、今日のアンダーライティングに対する抜本的な変革が急務であることを浮き彫りにしています。
テクノロジーが進化を遂げる一方で、リスク評価と価格設定といったアンダーライティングの主要プロセスは依然として従来の保険数理モデルやPDFなどの静的な履歴データに依存しています。このような状況下では、必要な情報へのアクセスが制限され、データの活用が不十分となり、意思決定や業務の精度に影響を及ぼす可能性があります。生成AIとAIエージェントを引受業務のワークフローに統合することで、保険会社は市場投入までの時間を短縮し業務処理の効率化とコンバージョン率の向上を実現できます。これにより、ビジネス成長を加速させ、新たな競争力を獲得することが可能になります。
組織内における縦割り構造と情報の断絶は、保険会社が保有する膨大なデータの活用を妨げ、業務効率や意思決定の精度を低下させる要因となっています。既存の情報は断片化されているケースが多く、必要なデータへのアクセスが限られています。老朽化したシステムや非効率なプロセスがアンダーライターの柔軟性とスピードを阻害し、現場の生産性に大きな影響を及ぼしています。分断されたプラットフォームと手作業によるデータ入力は、業務全体に深刻な非効率性をもたらしています。その結果、アンダーライターは専門知識を活かして判断すべき重要な業務に十分な時間を割くことができず、保険会社としての価値提供や顧客体験の向上が妨げられています。
調査回答者は、引受部門がビジネス目標の達成に向けて直面している主な課題として、以下の3点を挙げています。
アクセンチュアの調査結果は、引受部門が直面する主要課題の根底に「データ」が存在していることを示しています。業務効率化や戦略的意思決定の質を高めるためのデータ活用は、多くの保険会社にとって今まさに取り組むべき重要テーマとなります。特に非構造化データの活用においては、依然として課題が残されています。特に、必要な情報を引き出して分析するプロセスには、技術面・組織面での障壁があり、業務の高度化を妨げています。さらに、合成データを広範に活用していると回答した引受部門の責任者は44%に過ぎず、データ活用の本格展開にはなお課題が残されています。構造化データの活用率は、さらに低く、わずか38%にとどまっています。
特に、セグメント間の活用状況には顕著な差が見られます。構造化データの活用度について「大きい」または「非常に大きい」と回答したのは、法人向け損害保険の引受責任者で63%、個人・リテール向け損害保険では69%に達する一方、生命保険ではわずか12%にとどまっており、セグメント間での活用状況には顕著な差が見られます。
戦略的意思決定のうち、組織全体で一貫して行われている割合は平均62%にとどまっています。意思決定の分散は、業務の断片化や戦略整合性の欠如を招き、組織全体としての改善余地を浮き彫りにしています。
一方で、アクセンチュアの調査では、保険業界における変革を促す外部要因のうち、特に影響力の大きい上位5つが、今後さらに存在感を高めていくことが示されています。保険業界でも、生成AIの導入が加速しており、他社に遅れを取らないためには、柔軟かつ迅速な対応が不可欠です。これらの要因は以下の通りです。
規制の変化
77%
規制の変化がアンダーライティングに大きな影響を与えると回答したのは77%。コンプライアンス対応や複雑化・進化する規制環境への関心が高まっています。
テクノロジートランスフォーメーション
68%
テクノロジーの導入がアンダーライティングに大きな影響を及ぼすと考える回答者は68%。オートメーションや生成AI、アナリティクスの活用が、業務の在り方そのものを再定義しつつあります。
顧客の期待の高まり
67%
サービス品質、対応スピード、そして顧客体験の向上に対する期待が、顧客や代理店の間で高まっていると回答したのは67%。こうしたニーズに的確に応えるためには、顧客視点に立ったプロセス設計が、今後の競争力を左右する重要な要素となります。
アンダーライティング人材の育成
64%
人材確保・育成が課題であると認識している回答者は64%。退職による専門知識の継承不足や、Z世代の業界への関心の低さが、将来的な人材リスクとして浮上しています。
成長のプレッシャー
63%
保険市場における競争力が高まるにつれ、成長へのプレッシャーが高まっていると63%が回答。持続的な成長に向けた戦略的な対応が求められています。
保険会社はオペレーティングモデルの再構築を進める中で、戦略的な観点から3つの主要な目標に向けて戦略的投資を行っています。
調査結果によれば、アンダーライティング領域への投資を促す主な要因として、「品質の向上」「業務のしやすさ」「人材育成」が挙げられています。
こうした目的の実現に向けて、保険会社はテクノロジーの進化に着目しています。特に生成AIを活用した機能の高度化が大きな鍵を握っています。実際、生成AIの導入率は現在14%から今後3年間で70%にまで拡大すると予測されています。
14%
現在
70%
3年後
引受業務を担う組織が現在どの程度のテクノロジー/ケイパビリティを活用しているか、また今後、3年後にどの程度の活用を想定しているかについて、回答を得ました。下表は、AIを活用する11の機能について、「非常に活用している」「活用している」と回答した割合の平均値を示しています。
| 現在 | 3年後 | |
|---|---|---|
| アンダーライターに必要なデータを収集・整備し、正確で使いやすい形で提供するソリューション | 33% | 85% |
| 業務コストを抑え、商品開発から販売までのスピードを高める保険契約管理システム | 28% | 85% |
| 保険ブローカーからの依頼を自動で仕分けし、対応の優先順位を整理するメール処理機能 | 10% | 75% |
| Iデータ入力の重複を回避する統合ソリューション | 9% | 72% |
| 保険ブローカー対応を自動化する、生成AIを活用したチャット応答機能 | 10% | 72% |
| 社内外のデータを活用し、提出書類の内容を補完・精緻化する仕組み | 17% | 70% |
| 提出書類から必要な情報を自動で抽出・整備するデータ取り込み機能 リスク評価 | 9% | 68% |
| を支援する、生成AIと分析ツールの活用 | 11% | 66% |
| 同業他社との比較により、リスクを客観的に評価する分析機能 | 12% | 65% |
| 提出書類を受け付けるための、保険ブローカー向けの専用ポータルやAPI連携 | 8% | 62% |
| リスクや成約の可能性に応じて、業務や提出書類の優先順位を自動で判断する分析機能 | 10% | 52% |
同時に、管理者たちは、生成AIが業務に及ぼす影響が今後3年間で17%から75%に飛躍すると予想しています。これは、データ分析、保険ブローカーとの対応品質の向上、リスク評価の高度化、意思決定の迅速化、そして業務全体の効率化といった領域で、特に大きな効果をもたらすと考えられます。アンダーライティングは、スピード・効率・精度・連携性を備えたプロセスへと再定義されつつあり、業界の新たなスタンダードとなりつつあります。
17%
現在
75%
3年後
下表は、12の業務領域において、生成AIが引受業務組織に現在および今後、影響を及ぼす程度について、「非常に大きい」「大きい」と回答した割合の平均値を示しています。
| 現在 | 3年後 | |
|---|---|---|
| 統計データ、保険金請求履歴、その他の関連情報を分析し、情報に基づいた引受判断を行う | 31% | 85% |
| 代理店/保険ブローカーとの面談や対話を通して、販売支援、追加情報の収集、内容の確認、リスク要因の検討を行う | 19% | 82% |
| 承認済み申請の保険契約書を作成、発行をする | 17% | 81% |
| 保険契約の更新申請を評価し、補償の継続、条件変更、更新拒否の判断を行う | 15% | 80% |
| 保険申請の承認、却下、条件変更について情報に基づいた判断を下す | 19% | 80% |
| アンダーライティングに関するガイドラインやルールを策定、導入をする | 17% | 79% |
| 特定の個人、企業、資産に対するアンダーライティングのリスクレベルを評価する | 23% | 79% |
| 保険申請書や契約文書を確認し、引受ガイドラインと会社の方針に準拠していることを確認する | 13% | 75% |
| 保険申請や契約更新に向けて、必要なデータの入力、収集を行う | 15% | 73% |
| 評価したリスクに基づき、適切な保険料を算定する | 9% | 69% |
| 保険数理士やリスクアナリストと連携し、引受に関する意思決定が財務に与える影響を評価する | 13% | 68% |
| 契約者対応として、問い合わせ対応、契約内容の変更処理などを行う | 8% | 50% |
生成AIは、引受部門の既存の役割や業務に大きな変化をもたらします。生成AIを活用したツールは、定型業務の自動化と人の意思決定支援を通じて、アンダーライティングの品質と生産性を飛躍的に向上させます。さらに、スキルアップやリスキリングに向けた新しいアプローチも加速します。
調査結果によると、多くの回答者が、生成AIが引受部門の役割や業務に大きな影響を与えると認識しています。円グラフは、そのうち『非常に大きい』『大きい』と回答した割合の平均を示しています。
QBE Insurance Group(本社:シドニー)は、複数の事業部門において、より迅速かつ正確な意思決定を実現するために、アクセンチュアと共同開発したAI活用型のアンダーライティングソリューションを拡張しています。この取り組みにより、QBEの対象事業部門では、保険ブローカーから受け取ったすべての申請を迅速かつ正確に処理できるようになり、市場対応のスピードが大幅に向上しました。
今後3年間で、アンダーライティングは大きく変化すると予想されています。この変化にあなたの組織はどのように対応しますか?アクセンチュアの調査結果から、AI主導のアンダーライターを実現するための重要な3ステップが示唆されています。
AIエージェントは目的志向であり、マルチモーダルモデルを活用して、外部ツールやデータにアクセスできます。複数のAIエージェントを連携させ、個別のタスクに特化したエージェントが情報を収集・処理し、それを統括する「オーケストレーターエージェント」が自律的に意思決定を行うことが可能です。AIエージェントが進化する中で、引受担当者は、ワークフローを細分化し、必要に応じて業務を委任することで、これらのAIチームと効果的に協働できるようになります。
AIの導入には、戦略的かつ先を見据えた人材育成が不可欠です。AIエージェントはその一翼を担いますが、保険業界でのAI活用には、リスクへの理解と業務プロセスの再設計が求められます。AIだけでは十分ではなく、人の判断と仕組みの見直しが両輪となります。こうした取り組みは、責任ある運用によってこそ真の価値を発揮します。アクセンチュアの「Work, workforce, workers」調査によると、アンダーライティングに生成AIを組み込むことで、業務時間の最大65%が自動化・強化され、最大30%の生産性向上が期待されています。
アンダーライティングにおいて、データ・分析・生成AIの力を最大限に活用するには、クラウドとAIの強みを融合させたデータ合成プラットフォームへの投資が不可欠です。これらのプラットフォームは、クラウドとAIの組み合わせケイパビリティを統合します。これらは、未構造化文書や代替ソースに格納されたデータを、保険審査の決定に役立つ情報に変換します。
保険会社は、特に若い世代にとって保険業界が魅力的なキャリアの選択肢となるよう、積極的な働きかけが求められます。アクセンチュアの調査によると、多くの保険会社がZ世代の人材の採用に課題を感じています。Z世代の一部は、保険業界を「保守的でデジタル化が進んでいない。」というイメージを持っている傾向があるからです。若い世代がキャリアに求める「目的意識」や「社会的意義」に応えるためには、保険業界は社員価値提案(EVP)を再構築し、業界の魅力を新たな視点で伝える必要があります。保険が個人・企業・社会を不確実な時代において守る重要な役割を果たしていることを強調します。特に生成AIなどの先端テクノロジーを中心に、この分野で求められるイノベーションとスキル開発の重要性が高まっていることを、若い世代に向けて積極的に発信していくことが重要です。
人間の専門性に基づくアンダーライティングは、今後も引受部門において不可欠な役割を担い続けます。社員は所有しているツールを活用しながら、生成AIから学び、AIに知見を与え、生成AIとの協働を通じて成果を高めています。こうした現場起点の気づきは、保険会社がトップダウンで戦略を描く際に、意思決定を支える貴重なインサイトとなります。「ヒューマン・イン・ザ・ループ」アプローチは不可欠です。生成AIシステムのトレーニングと改良には、人の深い関与が必要です。生成AIから支援を受けながらも、重要な意思決定は人が主導し続ける必要があります。
アンダーライティングは今、進化の節目にあります。生成AIはその未来を導く羅針盤であり、業務の高度化と意思決定の質を引き上げる原動力です。生成AIとAIエージェントを導入している先進的な保険会社は、業界全体が活用できる実践的なロードマップを描き始めています。
この動きは、単なる効率化にとどまらず、アンダーライターの役割そのものを再定義し、よりダイナミックで、よりインパクトのあるものへと進化させています。